独自の視点で読み解く㉕
三原から全国へ“古民家カフェ&宿 むすび”
「株式会社結び」
広島県三原市、瀬戸内海を望む静かな場所に佇む古民家カフェ&宿「むすび」。2019年のオープン以来、予約の絶えない人気店として知られ、さらにコロナ禍で開発した「バスクチーズケーキ」は全国的なヒット商品となっています。東京で出会ったお二人が人生のどん底からの再出発として三原へ移住し、創業。マイナスの状態からここまで成長させたSNS戦略、また夫婦二人での経営を成功させるヒントなど、オーナーの田中裕士さん・咲子さんご夫妻に教えていただきました。
株式会社結び 代表取締役 田中 裕士さん、代表取締役 田中 咲子さん
裕士さんは主に営業、咲子さんは料理を担当。
https://musubi-company.jp/
大阪で路頭に迷い、導かれるように三原へ
- 記者 まずは「古民家カフェ&宿 むすび」について概要を教えてください。
- 裕士さん むすびは、三原市にある瀬戸内海に面した築100年の古民家で、2019年5月にオープンしました。ランチやカフェに、手作りのスイーツ、1日1組限定のディナー、そして宿を営んでいます。
- 記者 なかなか予約が取れない人気店で、チーズケーキも全国的な人気がありますよね。さらに本店の隣には、「むすびカフェbettei(別邸)」もできたそうですね。
- 咲子さん ランチは、オープンしてすぐに予約で満席となり、遠方から来てくださったお客さまにお断りするのを申し訳なく感じていました。バスクチーズケーキも、ご注文いただいて5カ月待ちという状況に。「なんとかできないか」と夫婦で話し合って、2023年4月に予約なしで三原バーガーやスイーツを楽しんでいただけるカフェ兼テイクアウトの2号店を隣にオープンさせました。
- 裕士さん また日本中の皆さんにお届けするために、工房をつくりバスクチーズケーキのEC販売も強化しました。百貨店での催事、アパレル事業なども展開しており、創業時の計画を大きく上回る売上を達成できました。
- 記者 ここに至るまでには大きな挫折もあったそうですね。三原に移住された経緯をお聞かせください。
- 裕士さん 私たちは東京で出会い、私は役者、妻はウェディングプランナーをしていました。「飲食をしたい」という夢を持って、私の実家がある大阪へ引っ越しました。さまざまな専門店を検討した末に、あご出汁を使った餃子店を始めましたが、半年も経たないうちに赤字に。一年間必死にがんばったものの軌道に乗らず、借金を抱えて閉店することになりました。
- 咲子さん 子どもが生まれたばかりで住む場所を失いかける「どん底」でした。「離婚」という言葉が出るほど追い詰められていて、そんな時、私の母が「三原にいい古民家があるよ」と教えてくれたんです。
- 記者 それで移住されたのですね。大きな環境の変化ですが、ためらいはなかったのですか?
- 裕士さん 「こんな場所に店をつくって誰も来ないよ」「三原の人は財布の紐が固い」なんて厳しい声も聞きましたが、選ぶ余地はなく三原に来ました。失うものがなく、前に進むしかない状況でもありました。
- 咲子さん ここしか行く場所がないという必死の思いで移住を決めましたね。元々料亭の別館だった建物で、7年間も空き家だったので最初はジャングルのようでした。庭は、かきわけて歩かないといけないほどうっそうとしていましたよ。
- 裕士さん 古いことも「古き良きを大事にする」とプラスに変換しながら改装を進めました。「家は生きている」といった話を聞いたことがありましたが、こうして私たちが住み出して、お客さまが来だしてから、本当に「家が生き返る」のを実感しました。
1年後のオープンから逆算、準備期間のSNS発信
- 記者 オープンに向けてどのような準備をされましたか。
- 裕士さん 私は正社員として働きに出て生活費と借金返済を担い、妻がカフェの準備を進めるという形を取りました。「1年後に絶対にオープンする」と決め、そこから逆算して動きました。資金もなかったので、創業セミナーに通い詰めて日本政策金融公庫から融資を受けたり、自分たちで庭の木を切ったり、家具を調整したりと、できることはすべて自分たちでやりました。
- 記者 オープン前からSNSでの発信に力を入れていたそうですね。
- 裕士さん オープンまでに、どれだけファンをつくれるかが勝負だと思っていました。一緒にワクワクして、期待してもらえるように、試作料理やDIYの様子をインスタグラムに投稿し続けました。
インスタグラム
https://www.instagram.com/musubi_mihara/
- 咲子さん 毎日試作をしては写真を撮り、見栄えや健康面を追求しました。料理のコンセプトは二人で何度も話し合いました。「お盆に乗せた御膳スタイル」にしようと決め、家庭的でありながら三原の新鮮な食材を使った小鉢やお刺身を盛り込むことに。投稿のタイミングも模索していて「夜中の2時に投稿するとフォロワーが増えるらしい」と聞いて、夜中に起きて投稿することもありました(笑)。
- 裕士さん 私が「いいね」をしすぎてアカウント停止になったこともあります(笑)。泥臭く認知を広げていきました。その結果、オープン前には2,000人近くの方にフォローしていただけて、初日から満席に。すぐにメディアの取材も入り、その波に乗ることができました。これから創業される方に伝えたいのは「準備の時間が大切」ということです。
逆境から生まれた「奇跡のチーズケーキ」
- 記者 新型コロナウイルスの影響で営業自粛もあったそうですが、どのように乗り越えたのでしょうか。
- 裕士さん オープンして1年、ちょうど軌道に乗ってきたところでしたね。でも、私たちはそこで立ち止まりませんでした。「店舗にお客さまが呼べないなら、全国へ届けよう」とEC販売への転換を決意したんです。そこで目を付けたのが、妻が作っていたバスクチーズケーキでした。
- 咲子さん いろいろなケーキを試作しましたが、やはり素材の良さを生かしたシンプルなチーズケーキが一番だと思って。あえてスパイスなどは入れず、誰からも愛される味、そして「飲める」「とろける」と言われるような食感にこだわりました。
- 裕士さん ECサイト構築やパッケージデザイン、商品撮影など、地元で出会ったクリエイターの方々がチームとなって協力してくださったんです。さらに、以前の役者仲間やインフルエンサーの方々に、スイーツ作りの思いについて手書きの手紙を添えてケーキを送ったところ、皆さんSNSで紹介してくれたんです。皆さんに手助けしてもらえて、何よりお客さまに喜んでいただけて、5カ月待ちになるほどのヒット商品になりました。
職人の妻と営業の夫、夫婦の「両輪」経営
- 記者 ご夫婦で一緒にお仕事をされることの難しさはありますか。
- 咲子さん 私が職人気質で現場を守るタイプなのに対し、夫はどんどん新しい案件を持ってくるタイプなんです。私が忙しく料理を作っている時に、夫が外回りでいないとイライラすることもあります(笑)。でも、役割が全く違うからこそ、うまくいっているのだと思います。
- 裕士さん 周囲からも「車の両輪のようだ」と言われます。妻が確かな商品を作ってくれるから、私は自信を持って外で宣伝ができる。逆に私が仕事を持ってくるから、妻の料理が多くの人に届く。お互いの苦手な部分を補い合えているんです。けんかもしますが、引きずらないようにしています。
- 記者 実際にコラボや催事出店など、いろいろな取り組みもされていますよね。
- 裕士さん 私は「やります」「できます」と安請け合いして仕事を持ってくるので、妻には苦労をかけています(笑)。でも、「この人のためなら」と思える方の頼みなら、損得抜きで何でもやりたいんです。もともと何者でもなかった私を、多くの先輩方がかわいがって助けてくださいました。良い方々と出会い、懐に飛び込めたことが、今の「むすび」を支える力になっています。偶然の出会いを待つだけでなく、自分から尊敬できる人を見つけていくことは、商売を続けていく上で大事なことだと思っています。
人と食、場所を結び、全国へ三原の魅力を発信
- 記者 地域との関わり方で意識されていることはありますか。
- 裕士さん 私たちを受け入れてくれた三原市や地域の皆さんには、本当に感謝しかありません。だからこそ、「三原への恩返し」を行動の指針にしています。行政からの依頼や地域の集まりにも積極的に顔を出し、人とのつながりを大切にしてきました。
- 咲子さん 地元の農家さんの野菜を使ったり、お肉やパンも市内の業者さんから仕入れたりと、できる限り三原の食材を使うようにしています。地域の方から少しずつ信頼していただけるようになりました。「応援するよ」と言って土地を譲ってくださるなど、本当に人に恵まれていると感じます。

目の前に広がる三原の海
- 記者 最後に今後の展望について教えてください。
- 裕士さん 「三原発、全国へ」という思いは常に持っています。おかげさまでバスクチーズケーキは数々のランキングで1位をいただき、海外での販売も実現しましたが、まだまだこれからです。広島駅や空港、あるいは東京や大阪といった都市にも店舗を持ち、広島・三原の魅力を全国に発信していきたいと考えています。
- 咲子さん 原点である本店の「古民家カフェ&宿 むすび」を大切に守っていきたいです。どれだけ事業が拡大しても、ここに来てくださるお客さまに最高のおもてなしをすること、それが私たちの根幹となっています。何でも通販で買える時代だからこそ、「わざわざあそこに行きたい」と思っていただける場所であり続けたいです。
- 裕士さん 「むすび」という店名には、人と食、人と場所、人と人を結ぶという意味を込めています。これからもその名に恥じないよう、食を通じて笑顔を届けていきたいです。
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